東京高等裁判所 昭和31年(ラ)254号 決定
よつて按ずるに、抗告人の本件異議申立の要旨は、「相手方より抗告人に対する甲府簡易裁判所昭和三〇年(ハ)第八八号約束手形金請求事件の確定判決に基く債務は、当初から存在しないものであり、かつ相手方は請求取立をしないと明言し、しかも口頭弁論終結後においても同様のことを申して債務の不存在を認め、請求はもとより強制執行はしないと約定したのであるから本件強制執行は許すべからざるものである。」というのであつて、その主張は必ずしも明白でないが、右主張前段が判決によつて確定した実体上の請求権の存在を争う趣旨の主張を含むものとするならば、かかる事由は、強制執行の方法に関する適法なる異議の事由と認めることはできない。蓋し強制執行の方法に関する異議の申立においては、請求に関する異議の訴と異り、強制執行に際しての手続上の瑕疵を主張すべきものであるからである。抗告人の前記後段の主張すなわち強制執行をしないとの合意が成立しているとの点は、相手方より抗告人に対する前記確定判決の内容をなす請求すなわち訴訟物たる実体上の権利関係に触れることなく、右確定判決に基く執行だけはこれをしないとの合意が成立していることを主張する趣旨であると解せられ、このような事由は、執行方法に関する異議の事由とすることができるので、以下果して抗告人主張の右の合意が成立したか否かについて判断する。相手方が抗告人に対する甲府簡易裁判所昭和三〇年(ハ)第八八号約束手形金請求事件の執行力ある判決正本に基いて、抗告人の有する甲府電話局第五七四三番電話加入権の差押申請をなし、右申請に基き甲府地方裁判所が同年十月三十一日右電話加入権の差押決定をなし、更に相手方が右電話加入権の譲渡命令を同裁判所に申請したが、右強制執行が目下停止中であることは、取寄にかかる甲府地方裁判所昭和三〇年(ル)第二一号及び同年(ヲ)第一三六号事件の記録に徴して明かであつて、原審における抗告人審尋の結果によると、右確定判決の内容をなす請求権の基本たる約束手形は相手方の理事横内亮が抗告人に政治資金として金七万円を提供することとなり、その金策のため、同人及び抗告人の両名が共同で相手方宛に振り出したものであることを一応認めることができるけれども、右審尋の際の抗告人の供述中抗告人主張の強制執行をしないとの合意が抗告人と相手方との間に成立した旨の供述部分は原審における被審人赤池伝隆、同神藤昇の供述に照して信用することができない。その他に抗告人の右主張事実を認めるに足る疏明資料は存在しない。反つて右赤池伝隆、神藤昇の各供述を綜合すれば、抗告人と相手方との間を斡旋した神藤昇が前記判決確定後右両名のため奔走し抗告人に対し強制執行をしないように相手方に懇請した事実があつたにすぎないことを一応認められる。してみると、強制執行をしない旨の合意が成立したことを前提とする抗告人の本件異議の申立は理由がないからこれを排斥した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がない。
(浜田 仁井田 伊藤)